「自分が消えても回る」の裏側には、いつも誰かがいる

体を痛めて動けなかった時期も、サロンの売上は止まりませんでした。
あのとき自分は、ほとんど何もできていません。それでも回っていたのは、自分の代わりに動いて、支えてくれた人がいたからです。

仕組みという言葉を使うと、つい「無人で勝手に回るもの」を思い浮かべます。でも実際は違いました。人の手が要らないように見えるだけで、その裏側には、誰かの手と、最初に一緒に整えてくれた人の存在があります。

自分が前に出なくてよくなったのは、自分が優秀だったからではありません。前に出なくても回るように、まわりが受け止めてくれていたからでした。

ひとりで抱えるほど、仕組みは弱くなる

独立したばかりの頃は、何でも自分でやろうとしていました。自分が全部わかっていないと不安だったし、任せるより自分でやったほうが早い、とも思っていました。

でも、全部を自分で抱えるというのは、自分が倒れた瞬間に止まる仕組みを作っているのと同じです。前回書いた「自分が消えても回る」とは、ちょうど反対の状態です。
ひとりで抱えるほど、その事業は自分という一点に依存していきます。

任せること、頼ること、誰かと組むこと。それをやって初めて、仕組みは自分の手から離れて立つようになりました。属人化を手放すというのは、自分の価値を下げることではなく、自分がいなくても続く形に育てることだったのだと思います。

頼れる人がいるほど、仕組みは強い

「自分にしかできない」を増やすと、できることは増えても、止まりやすい事業になります。「自分がいなくても回る」を増やすには、誰かに渡せる形にしておく必要があります。

強い仕組みは、ひとりの頑張りの上にではなく、頼れる相手がいるという前提の上に立っています。

「一緒に作る」が、いちばん続く

前に出ないと決めたことも、自分を消しても回る状態を目指したことも、ひとりで抱えないようにしたことも、振り返ると同じ方向を向いていました。
どれも、自分という存在を仕組みの中心から少しずつ外していく作業だったのだと思います。

そして、自分を中心から外せたのは、外しても受け止めてくれる人たちがいたからです。仕組みは、自分の中にできるものではなく、人と人のあいだにできていくもののように感じています。

仕組みは、人と人のあいだにできる

ひとりで完結する仕組みは、ひとりが抜ければ終わります。誰かと一緒に作った仕組みは、誰かが抜けても、残った人のあいだで続いていきます。

長く続くものほど、たいてい複数の人の手が入っています。自分ひとりの作品にしないことが、結局いちばん事業を強くするのだと思います。

いま回っている仕組みは、これまで一緒に作って、支えてくれた人たちのおかげで立っています。あらためて、ありがとうございます。今後ともよろしくお願いいたします。